何もかも忘れて物語の世界に没入したい時が、誰にでもあると思います。今回はそんな時におすすめの小説を11作紹介します。
ファンタジーからミステリ、歴史小説まで様々なものをチョイスしました。重視したのは、壮大なスケールで冒険感を味わえること。
どれも読み応え抜群で、一度その世界に入り込んだら抜け出せなくなるものばかりです。
『アラビアの夜の種族』 古川日出男
中世エジプトを舞台にした壮大な物語。文庫で三冊分の長さで、時を忘れて作品世界に没入できます。
フランス軍の侵略が目前に迫ったカイロの話が大枠。そしてその中に三つの作中作が挿入されています。
1、妖術師アーダムと蛇神ジンニーアの話。
2、精霊の眷属の一族に拾われたファラーの話。
3、クーデターにより両親を失った王家の息子サフィアーンの話。
この三つの話の主人公が巡り合って、最終的には一つの大きな物語として収斂し、大団円を迎える。
作中作で語られる三つの話がどれも魅力的で面白く、それが最終的に交わって迎える結末は壮大でありファンタジック。
構成がすばらしいです。よくこんなに上手くまとめ上げたものだと脱帽しました。ファンタジー好きなら抑えておいて間違いないです。
『これは王国のかぎ』 荻原規子
こちらも舞台はアラビアで、ティーン向けに書かれたジュブナイル小説。
現代に生きる中学生の女の子が、アラビアンナイトの世界に迷い込みます。そして何故か魔神の姿になっており、魔法を駆使して大冒険に繰り広げる。
かくして、陰謀渦巻く砂漠の王国の命運は、この魔神となった少女に託されるのだった。
ミステリやホラーを好む僕の嗜好とは若干違うのですが、まさに王道のファンタジーという感じなので選びました。
終始安心して読める優しいお話。ディズニー映画をイメージしてもらうと分かり易いでしょうか。十代や子供におすすめですね。
中東を舞台にしたファンタジーで、重厚な話を読みたいなら『アラビアの夜の種族』。
安心して読める爽やかな小説なら『これは王国のかぎ』という感じ。
『図書館の魔女』 高田大介
とある国で巻き起こる陰謀劇を描いたファンタジー巨編。単行本で上下巻合わせて1500ページくらいあります。物語の世界にとっぷり浸かりたい時におすすめ。
山奥の村で育った少年キリヒトが、王都にある図書館で働くところから物語はスタートします。
図書館と言っても普通の図書館ではなく、王国の政治を左右する知の中枢。そんな図書館の館主は、まだ二十歳にもなっていない少女マツリカ。そして彼女は声を出すことが出来ない。
この二人がやがて、周辺諸国を巻き込んだ覇権争い、パワーゲームの重要な役割を担うことになります。
基本的には戦略的な面白さに主眼が置かれています。頭脳明晰のマツリカによって戦術が練られ、その交渉術、詐術によって各国の落としどころを探る。
そして合間合間に、特殊能力を持つ敵とのバトルシーンもあります。さらに、言葉や書物についての蘊蓄もあるし、キリヒトとマツリカの絆の話でもある。
こんな風に色んなものが詰め込まれていて、著者がやりたいことを全部やったという印象ですね。
冗長に感じる部分が無きにしも非ずですが、物語の世界に没入するという意味では満足度が高い。空いた時間に手軽にというタイプではないため、腰を据えてじっくり読みたい人向け。
交渉シーンも戦闘シーンも面白いので、戦いを描いた話が好きな人におすすめです。
『新世界より』 貴志祐介
豊かな自然に囲まれた集落、神栖66町で生まれた主人公の渡辺早季は、気の合う友人たちに囲まれ何不自由なく生活していた。
だがある日、町の外で人類の歴史を知るミノシロモドキと出会ったことで、彼らの運命は大きく変わる。人類の歴史は知ってはならない禁忌だったのだ。
成長するにつれ早季は様々なことを経験する。そして、人類の存亡をかけた戦いへと巻き込まれていくのだった。
千年後の日本を舞台にしたSF作品。SFと言っても、科学技術満載のハードSFやサイバーパンクではなくファンタジーより。
難しい科学用語も出てこないので、誰でもすんなり物語の世界に入って行けます。
千ページを超える大作ですが、長さはまったく感じません。スケールの大きい架空の話でも、細かい点まできちんと設定されていて、この世界に住んでいるような気分になります。
成長譚としても面白いし、最後の各勢力による戦争シーンも迫力がある。エンタメ小説としての面白さを追求しつつ、人間とは何なのかというテーマに挑んだ大作です。
『オルゴーリェンヌ』 北山猛邦
恩師のもとに向かっていたクリスは、何者かに終われている盲目の少女ユユと出会う。それから始まる二人の逃避行。
ユユの問題を解決するために、彼らは孤島の廃墟・カリヨン邸へ向かう。そこではこの世に音楽を残すために、オルゴールが作られていた。そんな閉ざされた空間で連続殺人事件が発生。
この不可能犯罪を解決へ導けるのか。そしてクリスとユユの運命は――
物理トリックに並々ならぬ拘りを持つ著者の本格ミステリ作品。本作は退廃的な世界を舞台にしており、ファンタジー感満載です。
加えてボーイミーツガールの物語でもあるので、謎解きだけの小説ではありません。
ただ設定が特殊なので好みは分かれるかもしれませんね。漫画やアニメが好きでミステリも好きなら、読んで損はない。トリックも奇抜だし、ストーリーも面白いです。
なぜこの作品が未だに文庫化されていないのか謎ですね。単行本も手に入り難いし、本当にもったいない。
『開かせてきただき光栄です』 皆川博子
18世紀のロンドンを舞台にした本格ミステリ小説。当時のロンドンの様子が細かく描写されていて、ファンタジー感があります。
18世紀のロンドンを解説した実用書は多くありますが、それを物語の形で体験できるのは貴重だと思います。当時の市民の生活様式、空気感がまるでその場にいるように伝わってきます。
何となくロマン溢れる華やかな姿をイメージしますが、実際は色んな意味で汚れていたんだなあと、勉強になりました。
この小説はミステリで解剖教室が舞台となっています。人によってはグロく感じるシーンがあるかもしれません。明るい話ではないのでご注意を。
逆にミステリ好きで歴史好きなら、読まない手はないです。当時の解剖学がどのようなものだったか知れて、知的好奇心をくすぐられること間違いなし。
『叫びと祈り』 梓崎優
この小説は連作短編集で、世界各国を舞台にしたミステリーです。取材のために各地を訪れた記者が謎に遭遇するという形式。
本書は謎解きの面白さよりも、紀行小説としての面白さが際だっています。設定は現代ながら、各国の辺境の地が舞台なので、ファンタジーを求める方の趣向にも合うと思う。
サハラ砂漠、スペインの風車の丘、モスクワの修道院、アマゾン、東南アジアの諸島と、日本人には馴染みのない場所ばかり。
現地を旅している気分になれて楽しい。連作短編集で読みやすいし、誰にでもおすすめできる作品ですね。
ミステリとしては『砂漠を走る船の道』が秀逸。
『旅のラゴス』 筒井康隆
一つの場所に定住せず、旅をし続けることを選んだ男の物語。異世界が舞台で、さらに色んな場所に行くので冒険感は強いです。
主人公のラゴスが世界のあちこちを旅し、ある場所では奴隷になり、またある場所では王様になったりします。
何不自由ない場所でずっと生活することも出来るのに、何故旅をし続けるのか。そんなラゴスの生き様には、魅了されるものがあります。
設定を見ると、次々と色んな事が起きるゲーム的な展開をイメージするかもしれませんが、ストーリーはわりと淡々と進みます。
ヘミングウェイ的なハードボイルドと言いますか、実直で骨太な印象を受けました。連作短編集でページ数が少ないわりに、壮大な世界に浸れるのでおすすめ。
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』 村上春樹
幻想的な話が描かれた『世界の終わり』とハードボイルドSFの『ハードボイルドワンダーランド』。
この二つの話が交互に語られる構成で、ファンタジーとハードボイルドの両方が楽しめます。村上春樹らしさを堪能できる作品。
比喩表現とか言葉のセンスが魅力の一つだと思いますが、本作でも遺憾なく発揮されています。そして、まったく違う二つの世界、その雰囲気を楽しむ小説。
やはり他にはない独特なものがあるので、嵌まる人はド嵌まりするでしょう。いつも通り性描写もあるので、苦手な人はご注意を。
そしてこちらもいつも通りですが、結局あれはどういう意味だったんだと、謎のまま終わる描写もあります。でも、それがまた雰囲気作りに一役買っているのかもしれませんね。
村上作品はいろんな意味で人を選ぶので、知名度のわりに万人受けするタイプではない気がします。個人的には『世界の終わり』の静謐な雰囲気が好きです。
『村上海賊の娘』 和田竜
こちらはファンタジーではなく歴史小説。僕は普段、歴史小説を読まないのですが、そんな僕でもド嵌まりしました。
史実でありながら、現代とは価値観や生き様が全然違って、夢中で読み進めました。
時は戦国、織田信長vs一向宗の大阪が舞台。主な見所は、毛利軍の村上海賊と、織田軍の眞鍋海賊の海戦。大阪湾で激しい戦いが繰り広げられます。
村上海賊は当代随一の海賊衆で、当主の村上武吉は海賊王の異名をとる傑物。その娘である村上景が本作の主人公です。
この村上景がとてもキャラ立ちしてるんですよね。男勝りのじゃじゃ馬で腕も立つ。その豪快な姿に爽快感があります。
対する眞鍋海賊の方にも、化け物染みた豪腕の持ち主がいて、縦横無尽に暴れ回る。戦闘シーンは本当に迫力満点。ワクワクが止まりません。
本作は当時の戦術含め、戦のシーンがしっかり書かれています。戦が好きな人、歴史に残る戦いがどのようなものだったか知りたい方は、読んで損はないです。
今とは全然違う戦国時代の人たちの生き様に、刺激を受けること間違いなし。大ヒットしたのも頷ける面白さ。
戦場のコックたち
連作短編ミステリの形式をとった戦争小説。第二次大戦において、ノルマンディー上陸作戦に参加した米軍の空挺部隊の話です。
ページ数も内容も重厚で、読んでいると現実を忘れてしまいます。読み割った後、喪失感に襲われました。実際にあった戦争の話なので、人生について考えさせられますね。
空挺団の面々が主な登場人物で、ノルマンディー上陸降下からドイツ降伏までが描かれます。そして、その過程で謎が提示される。
あっと驚くタイプのトリックではなく、違和感なく合理的に解決される感じ。重要なのは各話の謎と解決によって、主要キャラたちの絆が深まって行くことですね。
これが後々、重要な意味を持ちます。
本作の魅力はミステリよりも、人間を描いた群像劇にあると思う。厳しい戦いを通じて、仲間たちの絆が深まるところなどは、青春小説としての良さがあります。
そして戦場の過酷さもちゃんと描かれている。そんな物語でありながら、ラストは哀愁を感じさせるものになっていて後味は良い。
第二次大戦を舞台にした小説を探している人、重厚な人間ドラマを探している人に強くおすすめします。
あとがき
小説は自分の好きなペースで読めて、好きなように画を想像出来るので、現実逃避にはもってこいですね。なかなか現実に戻ってこれないのが難点ですが(笑)。


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