本格ミステリの傑作『人形はなぜ殺される』 高木彬光

感想 ★★★★★

高木彬光といえば、戦後の日本ミステリ界を席巻した重鎮。多くのミステリ作品を残していますが、なかでも一番有名なのがこの『人形はなぜ殺される』だと思います。

※ネタバレあり

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あらすじ

魔術愛好家の面々が見守る中、白木の箱の中から人形の首が消失した。その後ギロチンで首を切断された死体の傍らに、消えうせたはずの人形の首が転がっていた。あれは犯人からの犯行予告だったのか。

続いて第二の事件、またもや人形が殺される。そしてその後同じ殺害方法で人間の遺体が発見される。

次々と殺される名家の令嬢、巨大な金を操る金融会社、あくの強い魔術愛好家の面々、様々な要素が織りなす陰惨な物語。人形はなぜ殺されるのか。この複雑怪奇ななぞに名探偵神津恭介が挑む。

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本格ミステリといえばトリック

本作の見所はタイトルにもある通り、人形がなぜ殺されるかという点にあります。文中で作者が何度も言ってくるように、それさえわかれば犯人も自ずとわかるようになっています。

けれど、二十一世紀に住む人間にとっては、人形が殺される理由=トリックを見破るのは困難ではないかと感じます。

※以下、ネタバレをしながらその根拠を述べたいと思います。未読の方はご注意下さい。

本作では様々な事件が起こりますが、何と言っても一番重要なのは第二の事件でしょう。そこで使われているトリックがこの作品の肝です。

第二の事件では、まず寝台列車Aに轢かれた人形が発見され、その1時間45分後に寝台列車Bに人間が轢かれる。なぜ、人形が轢かれる必要があるのか、なぜ1時間45分も間があくのかがポイント。

事件は主人公が訪れた別荘付近の線路で起こる。したがって犯人は当然別荘にいるものと思われる。しかし、そこが違う。

この事件で使われているのはアリバイトリックです。犯人は遠く離れた場所からやって来て、遠く離れた場所へ去って行きます。犯人の行動は以下の通り。

被害者をだまして別荘付近の線路に人形を横たえさせる。犯人は寝台列車Aに乗る。

寝台列車Aが人形を轢き一時停止する。犯人はそのすきに列車Aから降りる。現場に到着。

別荘付近で犯人は被害者を殺害する。線路にその死体を横たえる。

1時間45分後にやってきた寝台列車Bが死体を轢き一時停止する。犯人はそのすきに列車Bに乗り込む。現場から離れる。

犯人はこうやってアリバイを確保しました。人形を殺したのは列車を降りるためだったのです。(詳しくは本書を読んでいただきい。細かい部分も納得できるはずです)

以上が第二の事件のメイントリックですが、現代でこのトリックを使うのは不可能です。一時停止している寝台列車のドアを乗客が開けることはできないし、窓からこっそりなんてわけにもいかない(寝台列車のような特急の場合、ほとんどの窓はハメ殺しのはず)。

多くの現代人は寝台列車から勝手に乗ったり降りたりするのは不可能だと思っています。そういう前提を持っているため、どんなに頭を働かせたところで、このトリックに気付けません。

日本三大名探偵の一人

金田一耕助、明智小五郎、そして本作に登場する神津恭介が、日本三大名探偵と言われています。他の二人に比べると知名度が劣ると思いますが、果たしてどんな人物なのでしょうか。

神津恭介は東大医学部法医学科を卒業して、医学博士と理学博士の二つの学位を持っている。神津家代々の財産があり、ギリシャ彫像のような日本人離れした容姿の美男子。おまけに友情にも信義にも篤い好人物ときています。

まさに非の打ちどころがない神のごとき天才探偵という設定。しかし、どこが名探偵だよ(笑)と言いたくなりました。

大仰な肩書を持つ割には、なかなか事件を解決できない。他の登場人物、魔術師の二人は神津よりも先に真相に辿り着きます。結果的に彼はその二人に教えてもらうような格好になる。

途中で間違った推理を行い、犯人ではない人物に自殺されるという失態まで犯してしまうのです。

その後、真相に気付いた魔術師の一人にヒントを与えられ、天才名探偵はようやくすべての真相に到達する。ヒントを与えるぐらいならあんたが謎解きしろよ、と魔術師にツッコミをいれたくなります。

まあそうは言っても、完全無欠の探偵より、ある程度事件に翻弄されたほうが人間味があっていいのかもしれません。

あとがき

第二の事件にばかり目が行ってしまいますが、他にも驚かされる部分はあります。そして、トリックだけでなく物語もドラマティック。

最後があっさりしすぎている気もしますが、半世紀たっても読み継がれているだけのことはあります。古い作品だからと食わず嫌いせず、読んで良かった。読み応え充分です。

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