『八甲田山 死の彷徨』新田次郎 あらすじと感想

 

感想 ★★★★★

実際に起きた遭難事件を元にした小説。明治35年、極寒の八甲田山を行軍中の軍人199名が死亡した大惨事です。

『羆嵐』の三家別羆事件に続いて、こちらも名前だけ知っていて詳細を知らなかったので読んでみました。

いやあ、あまりの悲惨さに言葉を失ってしまいましたね。まさかここまで酷いものだったとは。

この事件について詳しく知りたい方におすすめです。小説としても読みやすく面白かった。

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あらすじ

明治35年、日本とロシアの関係は悪化し、開戦するのも時間の問題となっていた。ロシアとの戦争を見据え、日本軍の寒さ対策が課題となった。

雪や寒さについての知識を持たない軍は、冬の八甲田山を行軍することで情報を得ようと考えた。

雪山の恐ろしさを知らない一兵卒などは、遠足気分の者もいた。だが、すぐにその過酷さに打ちのめされる。

吹雪になると何も見えないし、寒さは想像を絶するものだった。

引き返すことも提案されたが、指揮系統の乱れにより進むことを余儀なくされる。何も見えない吹雪の中を彷徨い歩く行軍隊は、ついに遭難してしまう。

隊員は次々と凍傷にかかり、水も食べ物も凍り付いて摂取できない。寒さを凌げる装備もなかった。

そんな絶望的な状況で発狂する者が相次ぎ、日を追うごとに死者数は増えていった。

救助隊により助け出され生き残ったのは、210名中たったの11名だった。

 

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感想

なぜこんな無謀な行軍をすることになったのか、その理由から遭難後の状況まで詳しく知ることができます。学ぶべきことがたくさんある小説。

雪山の怖さはもちろんですが、上が無能だとどうしようもないなあと、そういう意味での怖さも感じられました。

歴史的なこの事件について知れると同時に、物語としても楽しめます。

『羆嵐』は淡々と綴られていましたが、こちらは小説的な書き方になっていて、読んでいて様々な気持ちにさせられました。

こんな状況には絶対陥りたくないと思うほど悲惨。まさに地獄ですね。

吹雪の恐ろしさ、寒さが人間に与える影響、この辺りのことがしっかり描写されていて、読んでいるこちらまで絶望を感じます。

これほど酷い状況へ追いやった山田少佐には、怒りを通り越して呆れてしまいます。

そして行軍の指揮官でありながら、自分の意見を押し通せない神田大尉にも、やきもきさせられる。

もちろん階級的には山田少佐の方が上なので、神田大尉が逆らえないのは仕方ありません。軍というのはそういうものでしょう。

だからこそ、上の人間が優秀でなければならないのに、この有様。部下がどれだけ優秀でも、上がだめなら終わりという組織体系。

これはいかがもんだろうと、考えさせられますね。

日本軍に関する本を読んでいると、こういう組織論、リーダー論について考えさせられることが多々あります。

この行軍は、青森5連隊と弘前31連隊の2隊で行われ、各隊で競わせました。僕はそのことを知らなかったので非常に興味深かった。

2隊は同時期にスタートし、それぞれ別のルートで八甲田山を目指します。

山田少佐、神田大尉のいる青森5連隊は210人の大所帯。対する弘前31連隊は少数精鋭で、徳島大尉が率います。

同じ任務に対し、まったく異なるアプローチをして、結果も正反対です。青森5連隊はほぼ全滅。弘前31連帯は見事に踏破します。

2隊の違いはいったい何だったのか、そういう面から見ても面白いです。

歴史的な出来事なので、どういう結末を迎えるかは分かっています。けれど最後まで興味を削ぐことなく、ぐいぐい読ませます。

これは構成の巧みさによるところが大きいですね。その辺りも小説的です。

実際にあった話ということを考えると、様々な人物に視点を移し、多方面から捉えていることも良いと思いました。

 

あとがき

非常に凄惨な事件で読んでいて辛くなります。しかしながら、物語として面白い要素が多々あるのも事実。

無能な上司に苦悩させられる優秀な部下。まったく異なる体制で臨んだ2隊の対比。地獄のような自然環境。極限状態に置かれる人間。

面白い物語によく見られる要素が詰まっています。

それにしても、これが実際に起きたというのが辛すぎる。まさに前代未聞の遭難事件です。

 

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