感想 ★★★☆☆
五編が収められた連作短編集。どの作品も最初に女探偵が間違った推理を披露し、それから貴族探偵が真実を解き明かすという趣向。
個々に目を向けるといろいろ強引な部分はあるにしても、全体としてみれば形が整っており、連作短編としての完成度は高かったです。
ダブル主人公ともいえる女探偵と貴族探偵のキャラは立っていたし、その他のわき役も個性が光っていて退屈しなかったです。
(記事の後半で『幣もとりあえず』だけネタバレしています)
あらすじ
『白きを見れば』
骨休みに親友である紗知の別荘を訪れた愛香。そこで殺人事件が起きて愛香は犯人を突き止めるが、貴族探偵によって苦杯を嘗めさせられる。
『色に出でにけり』
『むべ山風を』
大学内での殺人事件。愛香は手掛かりをもとに推理を進めて行くも、ケアレスミスに泣く。
『幣もとりあえず』
座敷童子が出ると噂の山奥の温泉にやって来た愛香。ある決定的な誤認によって、またも推理をはずしてしまう。
『なほあまりある』
探偵としての自信を失いかけていた愛香がやって来たのは、孤島にある別荘。そこで事件が起きて今度こそはと慎重に考察を重ねる。はたして真実に辿り着くことができるのか。
設定
女探偵の高徳愛香は独立してからまだ日が浅く、師匠の教えを忠実に守りつつ依頼をこなしています。
対する貴族探偵の方は、優秀な使用人を何人も抱えるやんごとなき人。女好きで態度もでかい。
愛香は立派な髭を蓄えた彼のことを、髭探偵と罵り目の敵にするが、貴族探偵の方は愛香など歯牙にもかけず飄々としている。
そんな対照的な二人が行く先々で出会い、それから事件に遭遇し推理対決をする。これが各話の基本的な流れです。
どの短編においても、愛香が貴族探偵を犯人と指摘するのが形式となっています。
その形を成立させるために、多少強引になっている感は否めません。愛香の推理が大味に見えてしまいます。
『白きを見れば』で貴族探偵を犯人と指摘するのは、最初の出会いなので別にいいとしても、二作目、三作目とそれが続くと、やはり嘘っぽくなりますね。
推論の末、彼に辿り着いたとしても、彼が殺人を犯すはずないのだから、どこかに不備がないか検討し直すのが普通でしょう。それをせずに見当はずれの推理を披露するので、間抜けに見えてしまう。
愛香の推理が外れるとわかっていても、どこに間違いがあるのか考えながら読むのもまた一興ですね。
最後の『なほあまりある』によって体よくまとまっており、読後感は気持ちいい。なかなかの満足度でした。
問題の短編 ※以下ネタバレあり
本書の短編には一つ曲者があって、それが『幣もとりあえず』。最後にこの作品についてのネタバレ感想を書いておきたいと思います。未読の方はご注意を。
この作品はある意味、一番麻耶雄嵩らしいといえるかもしれません。解決編を読み始めてしばらくのうちは、意味がわからず書き間違いかと思ったほどです。
読み進めるうちに仕掛けがわかって、そういうことかと理解した反面、素直に納得もしかねた。カタルシスを感じるよりも、ちょっとずるくないかい、と苦笑するのを禁じ得ませんでしたね。
登場人物の男女間で名前の入れ替えが行われており、他の者たちは被害者の名前を錯誤している状況。それによって推理が間違った方向へ進みます。
これは登場人物に限った話ではなく、読者もまた同じように名前を錯誤するように書かれている。ようは叙述トリックが使われているわけです。
殺された男の本当の名前は赤沢和美。彼は田名部優と名乗っている。そして女の本名が田名部優で彼女は赤沢和美と名乗っています。
地の文でどう書かれているかといえば、赤川和美が死んだと書かれているのだ。〝三人称の地の文で嘘を書いてはならない〟という本格ミステリのルールに従えば、これは完全にフェアということになります。
しかし、本書は三人称といっても三人称一視点で書かれているのです。
読んでもらえればわかりますが、愛香の一人称と相違ない。だからこの文章を読むと、赤沢が死んだと〝愛香が〟語っているように感じます。
完全な三人称だったら上手く騙されたとなるかもしれないけれど、一人称と同義のこの書き方だとアンフェアな気がします。よく出来た叙述トリックとは全然思わないですね。


コメント