感想 ★★★★☆
『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』と続いてきた三部作の完結編です。シリーズものの最後を飾るにふさわしい出来だったと思います。その理由は読んだ人なら明らかでしょう。このシリーズは順番に読む必要があって、言ってみれば三作で一つの作品のような作りです。
『悲しみのイレーヌ』を書いた時点で、この構成を考えていたのかは知りませんが、非常にまとまりがよく、且つ、驚きももたらしていて楽しめました。
※記事の中盤からネタバレしているので注意して下さい。
あらすじと内容
カミーユ・ヴェルーヴェン警部の管轄内で宝石強盗事件が発生する。しかも、宝石が盗まれただけでなく、重体の被害者まで出る凶悪事件。
本来、強盗事件は強盗班が捜査にあたるもので、カミーユの担当ではない。にもかからず、カミーユはあれこれ理由をつけて、自分が担当になるよう持って行く。なぜこれほど固執したかというと、被害にあったのがカミーユの恋人アンヌで、事件後も犯人に命を狙われていたからだ。
過去にトラウマを持つカミーユは、どうしてもアンヌのことを守りたかった。彼女はカミーユにとってかけがえのない存在になっていたし、過去の事件への贖罪の意味もあったのかもしれない。
しかし、身内だとバレると担当から外されるため、カミーユはアンヌとの繋がりを秘匿して捜査を続ける。
その方法が規則を無視した強引なもので、カミーユは次第に孤立していく。それどころか、このままでは辞職を免れない。それでもカミーユはアンヌを守るために孤独な戦いを続ける。
一方、アンヌの命を狙う強盗犯は、殺し屋としても優秀だった。頭が良く銃の腕も確か。おまけに凶悪。殺し屋は執拗にアンヌの命を狙う。
どうして、これほどアンヌに拘るのか。これにはただ顔を見られただけではない、特別な事情があるはず。そう考えたカミーユと犯人の頭脳戦が幕を開ける。はたしてカミーユはアンヌを守りきることができるのか。事件は驚くべき結末を迎えるのだった。
物語の構成は第一部、第二部、第三部の三つに分かれています。主な語り手はカミーユで、犯人とアンヌのパートが合間に入ってきます。前二作では事件の方に焦点が当てられていましたが、本作はカミーユのための物語という印象が強い。
序盤ではカミーユ班立ち上げメンバーの一人であり、友人でもあるアルマンの死が明かされます。ちなみに死因は病死で事件性は皆無。そして部長だったル・グエンが昇進し、新しい部長がやってきたりと、時間の流れを意識せざるを得ず、感慨深い気持ちになりました。
以降はネタバレありです
相変わらず女性に厳しいシリーズだなあ、というのが最初の印象。アンヌは強盗犯にこれでもかというほどボコボコにされます。前二作のように残酷なシーンの連続になるのか、と思っていたらそこは若干違いました。
この三部作を連続で読んでいる人なら、犯人の予想はつきやすいと思います。裏社会の大物アフネルが犯人と目されるのですが、ピエール・ルメートルがこのまま終わらせるはずがないですし、犯人となりえるような人物は他に登場しません。
とすると、もしかして奴かなと予想がついてしまうわけです。
僕もおそらく奴だろうと読み進めていたら、予想通り犯人はマレヴァルでした。『悲しみのイレーヌ』では犯人の内通者になり、『その女アレックス』では行方不明になっていたあのマレヴァルです。マレヴァルはカミーユ班の立ち上げメンバーの一人でもあります。
予想外の動機
カミーユの恋人アンヌは、マレヴァルからの差し金でした。アンヌを内通者にして、カミーユから情報を得ようと画策したわけです。マレヴァルは金の取り分の件でアフネルを探していたのだが、個人の力ではどうやってもアフネルの居場所を掴めなかった。
そこでカミーユを利用しようと考えたわけです。カミーユが優秀なのはマレヴァルならよく知っています。カミーユならきっとアフネルの居場所を突き止める。そう考えてアンヌを使って宝石強盗の犯人をアフネルに仕立て上げたのでした。
ここまでは予想できなかったですね。マレヴァルが犯人かもというのは、割と早い段階で予想していたものの、アンヌが内通者とは思いませんでした。その理由も予想外。
僕はてっきりアンヌも最後に殺されるものと思っていました。警察を追われてこうなってしまったのはカミーユのせいだと、マレヴァルはそう逆恨みしてカミーユを苦しめるのが目的だった。そのためにアンヌを殺そうとしている、と漠然と予想してました。
カミーユを苦しめるのが大好きなピエール・ルメートルならやりかねないですよね。そうならなかったのは嬉しい驚きでした。最後はカミーユが勝利するし。
とはいえ、アンヌが内通者だったというのはカミーユにとって苦痛でしかありません。やはりピエール・ルメートルは主人公を苦しめるのが大好きなようだ。
でもそのお陰で面白い小説になっていました。三部作の最後を飾る作品であっても、予定調和のハッピーエンドにしないところに好感が持てます。非常に哀愁のある良い終わり方でした。
これで終わりと思うと寂しさも感じますが、続いた場合カミーユがまた辛い思いをするだろうから、終わった方がカミーユにとっては幸せかもしれませんね(笑)。


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