昭和の未解決事件の真相とは 『罪の声』塩田武士 感想

tsuminokoe

感想 ★★★★

日本で起きた昭和の重大事件は何? と聞かれて、グリコ森永事件を真っ先に思い浮かべる人も多いと思います。

本作『罪の声』はその事件を題材に書かれた小説。グリコ森永事件は未解決のまま時効を迎え、真相は藪の中です。もしかしたら、これが真相なのでは? と思えるくらい真に迫っていて、面白かったです。

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あらすじ

京都で小さなテーラー営んでいる曽根は、愛する妻と幼い子供に恵まれ、何不自由ない生活を送っていた。そんなある日、曽根はふとした切っ掛けで亡き父の遺品が入った段ボール箱を発見する。

中を見てみるとそこにはカセットテープと革のノートがあった。ノートは英文で書かれており、内容はわからなかった。それから何気なくテープを再生した曽根は戦慄する。聞こえてきたのは、30年以上前に発生した未解決事件の音声で、それは間違いなく幼い自分の声だった。

一方その頃、新聞社に勤める阿久津は、年末企画の未解決事件特集の取材を行っていた。ネタになるような新事実を探して来いと、強面上司から発破を掛けられ徒労を感じていた。

事件が起きたのは30年以上前で、取材を進めるのは困難だった。関係者を探し出すだけでも一苦労で、その上ネタになるような新事実となると不可能に近い。

それでも地道に取材を進める内に、事件の新たな証拠を発見する。徐々に真相に迫っていく阿久津は、この事件にのめり込んでいくのだった。

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構成

物語は曽根のパートと阿久津のパートが交互に語られる構成で、二人はそれぞれの方法で事件の真相に
迫っていきます。

曽根の方では、自分の父が事件の犯人ではないかと恐怖を抱きつつ、父の友人だった堀田と共に友人関係から事件に迫っていきます。すなわち、身内でないと辿れない線から事件を見つめ直していきます。そして新たな事実を発見し核心へ迫るうち、曽根はこれ以上事件に踏み込んでいいのか苦悩する。

もし身内が犯人だった場合、今の自分の生活が破綻するかもしれない。この道を突き進んでも後悔するだけではないか。そんな恐怖に苛まれながら曽根は調査を続けます。

阿久津の方は、新聞社の力を使って様々な情報を掻き集め、事件にアプローチします。関係者を探し出して取材したり、現場に足を運んだりしつつ、証拠を積み重ね核心へ迫っていく。日本のみならず情報を求めイギリスまで行きます。こちらは大勢の取材班が一体と事件に取り組んでいます。

そして、別々に調査していた曽根と阿久津の物語が交わる時、事件の全貌が明らかになります。

昭和の大事件・グリコ森永事件

被害にあった企業の名前を変更し、ギンガ萬堂事件、約してギン萬事件としていますが、事件については史実に則って書かれています。なので事件に関する部分は、ノンフィクションのルポルタージュを読んでいるような気分になります。

僕はグリコ森永事件の詳細までは知らなかったので、非常に興味深く読むことができました。グリコ森永事件に関心がある人は、読んで損はないです。

社長の誘拐から始まり、毒入り菓子のばらまき、唐突な終息宣言まで、一連の流れを把握できるし、その間の犯人と警察の動きが細かく書かれているため、詳細を理解するのにおすすめです。

それに、犯人の本当の狙いが身代金ではなく、株価の操作にあったというのも、ありえそうな話です。犯人グループに関しては様々な説がありますが、これが一番もっともらしいと感じました。身代金を奪うよりも成功率が高く、上手くやれば莫大な金額を手にできそうです。

その辺りのことも小説内で語られています。株価の操作、空売り、仕手筋など。僕は株の素人なので詳しく分かりませんが、なるほどなあと思いました。

骨太な社会派小説

多くのエンタメミステリのように、事件自体を面白く描くことに主眼が置かれているわけではありません。もちろん、事件部分も面白いのですが、この小説は人間を描くことに主眼が置かれています。

それゆえ、事件に焦点が当てられたミステリ的な作品を期待していると、思ってたのと違う、となるでしょう。ミステリ的な見せ方はしてないです。

登場人物たちの普段の暮らしなども細かく描写されているため、長く感じる人もいるかもしれません。

本作は事件を通して様々な人生を見ることによって、自分の人生を省みるような、そんなタイプの小説です。そして職業小説、家族小説の側面もありますね。

阿久津のパートでは仕事について考えさせられ、曽根のパートでは家族について考えさせられます。さしたる志もなく新聞社に入った阿久津は、取材を通して記者魂に火が付き、己の仕事に対し決意を新たにします。

曽根のパートでは日常生活について考えざるを得ません。もし身内が犯人だったら職を失うのではないか、家族が誹謗中傷に晒されるのではないかと怯える気持ちは、よくわかります。

そして、事件によって深い悲しみを背負うことになった人たち・・・。

辛い人生を送っている人も登場するため、結構重たい話でもあります。暴力団に飼い殺しにされる未亡人、夢を絶たれ無残に殺される少女、日陰を生きるしかなかった男の半生など、読んでいて気分が沈んできます。

このように様々な人たちの人生に触れていると、いろいろと考えてしまい、読み終わるまでに時間が掛かりました。

これが小説の醍醐味の一つですね。良い読書体験になりました。

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