
感想 ★★★★☆
ドラマ化でも話題の城塚翡翠シリーズの三作目。invertとしては二作目となり、前作同様、倒叙ミステリとなっています。
今回は中編と長編の二作が収められています。『生者の言伝』はコメディ色が強く、表題作の『覗き窓の死角』は反対にシリアスな話となっています。
テイストは違えど、どちらもシリーズの特徴であるロジックは健在。そのクオリティも高く、シリーズファンは安心して楽しめます。
そうは言っても、シリーズ内で比較すると見劣りはします。『medium』は言わずもがな、『invert』も面白い試みがありましたが、そういう意味でいうと本書にはそれがありません。
充分満足できる作品ではありましたが、全二作に慣れていると、物足りなさを感じるかもしれませね。
※あとがきの後にネタバレがあります! 未読の方はご注意下さい。
あらすじ
『生者の言伝』
中学三年生の夏木蒼汰は、友達の別荘に不法侵入していた。誰もいないかと思いきや、家人に見つかり揉み合いとなった末、家人を殺害してしまった。すぐ警察に通報すべきか、それとも隠蔽すべきか。パニックに陥る蒼汰を、さらなるアクシデントが襲う。
嵐で立ち往生したので一晩泊めてほしいと、二人の美女が別荘を訪れるのだった。どうしてよりによってこんな時に――。何か理由をつけて断ろうとするも、城塚翡翠と名乗る美女と話している内に、泊まる運びとなってしまうのだった。
はたして蒼汰は、家の中に死体があるこの状況を乗り越えられるのか。
『覗き窓の死角』
フォトグラファーの江刺詢子は、自殺した妹の敵を山奥の山荘で殺害する。綿密な計画を練っていた詢子は、様々な偽装工作を行い、最後の仕上げとしてアリバイ工作をする。アリバイの証人として選んだのは、最近仲良くなった城塚翡翠。
彼女と一緒にテーマパークへ遊びに行き、確固たるアリバイを作った。アリバイのためとはいえ、お互いミステリ小説のファンで話は盛り上がり、楽しい一時を過ごした。城塚翡翠も心から楽しんでいた。
これで完全犯罪達成と思われたのだが、詢子は翡翠から疑われていることに気付く。こうして友達となったはずの二人は、探偵と犯人に立場を変え、対決するはめになるのだった。
感想
本書はシリーズのファン向け作品という性格が強いですね。翡翠と真のやり取りが豊富だし、翡翠の価値観にスポットが当てられています。これまでの作品と比べて、翡翠が登場するシーンが圧倒的に多く、そういう部分にページ数が割かれています。
二作ともページ数は多いですが、起きる事件は一つだけ。おそらく、事件だけを追えばページ数はもっと少なくなったでしょう。
このことからも、本書では城塚翡翠というキャラ、ひいてはシリーズの世界観に重点が置かれているのが分かります。
本書では明かされませんが、翡翠の過去や警察上層部の思惑なんかも示唆されています。
各作品に話を移すと、『生者の言伝』は語り手が中学生なのもあって、犯人としてはとてもお粗末。古畑任三郎のコミカル回みたいな感じ。まぬけな犯人が右往左往する様を楽しむ作品。
翡翠と真のおバカな掛け合いもあるし、さらに翡翠がちょっとエッチな誘惑なんかもして、コメディ感満載ですね。
しかしそこは相沢沙呼のこと、もちろんそれだけでは終わりません。しっかりしたロジックと驚きが用意されていて、楽しませてくれます。
『覗き窓の死角』は非常に読み応えのある一作。ロジックの部分はこれまで同様、緻密に作り込まれています。こちらの犯人は慎重で頭も良い。過去作の犯人ほど優秀ではないけれど、難敵に違いありません。
アリバイ証人が翡翠であることに意味があるし、感が良すぎる翡翠だからこその苦戦があったのも面白い。アリバイ崩しとして堪能しました。
ストーリーは正義とは何かがテーマになっていて、内容は重いです。犯人の動機は復讐。イジメによる自殺で妹を失い、その仇討ちとして犯行に及びます。
自分が正しいと信じて疑わない犯人、殺人を決して許さない翡翠。この構図は過去作『泡沫の審判』でもありましたが、より深く突っ込んだ内容ですね。
イジメの内容が凄惨だったということで、僕は旭川事件を想起したのだけれど、それならこの犯人は間違ってないんじゃないかと思う部分もあって、考えさせられますね。そしてあの真相は悲しすぎます。
今回は犯人が翡翠の友達なのもあって、翡翠の苦悩もより深い。ラストは切なくなってしまいます。印象的なシーンで記憶に残りました。悲しい結末ではありますが、物語の締め方として綺麗なラストだったと思います。
あとがき
探偵の苦悩や正義の話が苦手な人もいるかと思うので、そこで評価が分かれるかもしれません。それとラノベ的なところが多分にあるので、そこでも評価が変わるかも。
逆に言うと、そういうシーンがいっぱいあるので、シリーズファンにとってはプラスですかね。
冗長に感じる部分もありましたが、終わってみればストーリーとしても面白かったです。
ネタバレ
前作『invert』の感想記事では、ヒントが分かり安すぎると書きましたが、今回は逆に分かり難すぎです。一番の驚きポイントである物証についてですが、これを当てられた人は果たしているんでしょうか。ほとんど推理できる要素はなかったと思います。
僕が見落としたのでなければ〝ラゲッジスペースで翡翠が頭をぶつけた〟くらいの描写しかなかったはず。これだけでイヤリングを落としたことを推理しろと言われても、ちょっと厳しいように思う。
翡翠がシャボン玉を模したイヤリングをしていたのは、最初に触れられています。でもそれ以外では出てこないし、よほど推理の飛躍が出来る方でないと無理でしょう。
物証としてのインパクトが強烈で、とてもいいアイデアだと思いますけどね。
それにイヤリングがシャボン玉というのもニクい演出。シャボン玉は『泡沫の審判』のキーアイテムで、『泡沫の審判』も正義とは何かがテーマでした。メタ的な繋がりもあります。
ストーリー部分で印象に残ったのは、やはりラストシーン。詢子は翡翠に対して酷い捨て台詞を吐きます。しかしこれは詢子の信念からくる強がりで、本心ではない。
何でも見抜いてしまう翡翠だから、当然それもわかってしまったはず。これも感が良すぎる翡翠ゆえの、辛さですね。だからこその、最後のあの涙だと思う。
ミモザのもう一つの花言葉が〝友情〟なのを、あえて書かないのもいい。直接的な表現をしないこの辺りのやり方が、小説的で綺麗だと思いました。より一層、切なくて哀しい気持ちにさせられます。


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