
感想 ★★★☆☆
御手洗潔シリーズの第三弾。刊行順でいうと三作目ですが、シリーズの時系列でいうとこれが最初の話。エピソードゼロといったところ。
『異邦の騎士』が御手洗潔シリーズの中で一番好き、という方も多いと思う。いや、すべての島田荘司作品でも一番、という方もいるでしょう。
『異邦の騎士』はそれくらい人気の高い作品。
本作は前回までのシリーズ作品とは趣が異なります。本格ミステリではなく恋愛小説、あるいは倒叙ミステリ? のような読み心地。
物語に通底する謎があり、最後にその謎は解かれるのですが、伏線があるわけではないので本格という感じではない。謎解きを楽しむタイプのミステリではなく、物語性を楽しむ小説です。
あらすじ
主人公の「俺」は見知らぬ公園のベンチで目を覚ます。なぜこんなところで寝ていたのか必死に思いだそうとする俺。しかしまったく思い出すことができない。それどころか、自分の名前や住所さえわからなくなっているのだ。自分が記憶喪失になったらしいことに気づき「俺」は愕然とする。
その後主人公はある女性と出会い一緒に生活するようになる。自分の過去を失った孤独な主人公は、この女性・良子との生活だけが生きがいとなる。
内容
物語の中盤近くまで、「俺」と良子の同棲生活の様子が丁寧に描かれます。このあたりを読んでいると、ミステリ小説であることを忘れてしまう。恋愛小説が苦手な方は退屈と感じるかもしれません。
良子との生活の合間に、主人公はひょんなことから発見した占星術師の御手洗潔の元を訪ねる。占いによって自分の過去が何かわかるかもしれないと思ったからだ。このことがきっかけで二人は仲良くなり、その後もたびたび御手洗の元へ通うようになります。
御手洗潔はこのシリーズの主役ですが、本作での登場頻度はあまり多くないです。終盤に謎解き役として出て来ますが、基本的には主人公の「俺」が中心。
中盤以降に主人公が自分の日記を発見するところから、物語は一気に動き出します。日記によって自分が殺人者であることを知り、同時にまだ殺さなければならない相手がいることも知る。そして実際に行動を起こす。
最後に記憶喪失になった理由と、自分が誰なのかが御手洗潔のおかげで明らかとなる。結末は悲しく切ない。
※以下、物語の根幹をネタバレしてます。未読の方は注意して下さい。
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ネタバレ
なぜ結末が悲しいかというと、主人公が犯人と間違って愛する良子を殺してしまうからです。こういう悲劇的な要素と、恋愛小説の要素があるから人気が高いのでしょうね。確かに人気があるのも頷けます。
シェイクスピアを出すまでもなく、悲劇と恋愛は小説、いや、すべての物語において重要な要素。ミステリファンもそうじゃない方も、『異邦の騎士』を読んで後悔することはないでしょう。
だが、納得のいかない部分もいくつかあります。
その中でも一番納得いかないのは、主人公が人を殺したにもかかわらず、罪を償わないこと。
故意でないのはわかるし、好きな人を自らの手で殺してしまったのだから、それはさぞ辛いことでしょう。苦しいでしょう。死にたくなるほどの絶望を味わうでしょう。だから充分な罰を受けているといえるかもしれません。
しかしながら、やはり警察に捕まらないのはいかがなものかと思う。様々な理由でちゃんとした捜査がされなかったであろうことは、まあ、わかるとして(これは読んだ人ならわかる)、でも普通は自首するんじゃないでしょうか。
いくら罠にはめられていたとはいえ、愛する人を殺してしまったのだから。人を殺したことに変わりはないのに、なぜ主人公は自首しなかったのだろう。
警察にすべてを話すことをためらったのでしょうか。そのほうが良子のためになると思ったのでしょうか。仮にそうだとしてもいまひとつ納得いかない。
自首した結果、正当防衛で罪に問われなかった、というならいいんですけどね。その方がむしろ、より悲劇的になったかもしれない。
何故そこまで拘るかというと、この主人公が実は石岡なんですよね。石岡は御手洗潔シリーズの相棒役で、シリーズにずっと登場する主人公ともいえるキャラです。だからこそ、これでいいのかと思ってしまう。
あとがき
という風に気になる点はありましたが、1つの小説、物語としては面白いです。本格ミステリ好き以外の人は、島田荘司を知らない可能性もあるので、そこがもったいないですね。


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