感想 ★☆☆☆☆
中学生によるいじめ、死亡事件を扱った作品。タイムリーな話だし、以前から気になっていたので読んでみました。
星一つにしたのは、疑問に思うところがあったからで、面白くないとかクオリティが低いわけではありません。
500ページくらいあっても全然長いとは感じず、最後まで一気読みです。
著者の奥田英郎さんは『イン・ザ・プール』から始まる伊良部シリーズや、『サウスバウンド』などが有名。どこにでもいる平凡な人が、なんらかのトラブルに遭遇し、右往左往する様を描かせたら本当に上手い。
本作でもその特徴がいかんなく発揮されており、様々な立場の人間の心の機微が丁寧に描かれています。
あらすじ
中学校で生徒の転落死体が発見された。死んでいたのは中学二年生のテニス部員・名倉裕一。
捜査を進めるうちに不審な点がいくつか発見され、彼とよく行動を共にしていた生徒たち四人が、殺人の容疑者として浮かぶ。
警察から取り調べを受けた彼らは、名倉を日常的にいじめてたのは認めたが、死については無関係だと主張。警察は殺人罪で起訴することを目論み、調べを進めるも、証拠不十分であえなく断念。
その後も事件の真相を明らかにしようと、多くの生徒たちから話を聞くうちに、また違った一面が見えてくる。
未熟でデリケートな年頃の彼らの間にいったい何が起き、どうして名倉は死んでしまったのか。田舎で起きたこの事件が、多くの人の生活を狂わせていく。
構成と展開
刑事、検察、生徒、教師など、年齢も立場も様々な人の視点で語られます。
事件を多面的に描いているので、子供から大人まで誰が読んでも、登場人物の誰かに感情移入できるようになっています。
こういう事件が起きた時、警察がどのように捜査するのか、それぞれの立場の人が何を考えどう行動するのか、そして何が問題となるのかがわかり、たいへん興味深く読めます。
加害者は四人とも中学2年生だが、年齢は13歳だったり14歳だったりするため、法律による扱いが違う。
同じことをした同級生なのに、一方は逮捕、もう一方は児童相談所送りという差が生じるのです。
この法律の不備に焦点をあて、関係者たちに軋轢をもたらすのかと思っていたら、そうではなかった。
釈放された加害者たちは元通りの生活に戻るし、その家族たちも協力して事態に対応しようとするのです。
問題点1
最初は事件に右往左往する大人たちの視点で進みます。そして中盤から生徒たちの視点が入ることによって、事件の様相が一変します。
加害者たちが一方的に悪いのではなく、被害者にも問題があることが明らかになります。
でも、この被害者の描き方はいかがなものかと思う。必ずしも加害者を絶対悪にする必要はないけれど、このやり方はどうだろう。
いじめられていた被害者を、本当に嫌な人間として書いており、これならいじめられても仕方がないよね、と感じてしまうのです。
この本を読んだら、いじめってやっぱりいじめられる方に問題がある、と結論付けてしまうのではないでしょうか。そんな懸念があります。
被害者を卑屈にして、加害者をかっこよく描くことに、いったい何の意味があるのだろう。いろんな側面を見せてはいるが、考えさせられたりはしません。
誰が読んでも、被害者に問題があると感じてしまうのです。
なぜそうなるかというと、被害者である裕一の視点がないから。こういうやり方をするなら、被害者の視点も入れるべきでしょう。
加害者側から見た裕一だけを描き、彼の視点を入れないのは不公平だと思う。
問題点2
もう一つ首をひねりたくなるのが、加害者たちがテニス大会に出られなくなった際の描き方。
甲子園を見ればわかるように、部活で何か問題が起きれば、大会に出られないのは当然です。
この中学のテニス部は、後輩に暴力を振るっているし、いじめが行われているし、部員が死んでいるのです。だから大会を辞退するのが普通のはず。
それなのに、出られないのがかわいそうと言っているのです。これは現代の感覚としておかしい。どうしても引っかかります。
そして、物語の結末もなんだか消化不良でした。
あとがき
以上のように、納得しかねる点が多々あったので、星一つの感想にしました。とはいえ、作品自体は面白く、読む価値は充分にあります。
読む人の年齢によって、感想もまた変わってきそうですね。討論するのに向いているかもしれません。
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