感想 ★★★★★
江戸時代が舞台の七つの話を収めた短編集。どれも妖しく美しい話で堪能しました。
現代のように自由に生きられなかった時代の、哀しくて儚い恋模様の数々。夢と現実の境界が曖昧になるような、幻想的で耽美な物語に仕上がっています。
幻想的な話が好きな人には自信を持っておすすめできる一冊。
あらすじ
『心中薄雪桜』
年下の火消し鳶との結婚を控えた女は、そこで死んだら願いが叶うといわれる桜の木へ向かう。火事の夜に知った男の秘密と女の罪。彼女は黄泉の国で男との再会を願う。
『螢沢』
全身血だらけになった男が、蛍の飛び交う川辺で小さな少女と出会い、 琴の音色が響く一軒家に案内される。そこにいた艶冶な女と語り合う中で、男は自分の愛した女のことを思い出す。
『十六夜鏡』
医者を引退して菊作りに精を出す老翁が、月の輝く秋の夜に、人形を操る不思議な少年と対面する話。
『春禽譜』
江戸の問屋に買われることになった田舎娘が、その仲介人のギャンブル好きで髪結いでもあるヤクザな男に、いつしか心惹かれていく話。
『妖恋』
山開きに来ていた鷹匠が過去を回想する話。飼っていた鷹が逃げ出して探索していた際、彼は霧の中の家で不思議な女と出会う。
『夕紅葉』
両親が亡くなり豪商に嫁ぐことになった問屋の娘は、隣の鍛冶屋の男に恋心を抱く。膨らむ一方の許されない思いに、喜びと悲しみを感じていた彼女は、ある日見知らぬ女から謎の言葉を授けられる。
『濡れ千鳥』
仕立物屋で奉公している無垢な少女が、朝顔に魅せられた男女の恋模様を見つめる話。
感想
どの話も興味深かったのですが、特に好きだったのは『螢沢』と『夕紅葉』の二編。
現実か幻影かわからないまま進んで行く『螢沢』の最後には、捻りの効いた結末が用意されていて、完成度の高い短編でした。
情景描写もきれいだし、ストーリーも面白くてよかった。
『夕紅葉』は切なくも恐ろしい話。裕福な家で育った娘が、成金となったかつての奉公人に、なかば騙されるような形で嫁いでいく。
それだけでも嫌な感じだし、決して成就することのない初めての恋を経験するのも哀しい。
そしてラストの描写は、怪談のような恐ろしさがあって強く印象に残ります。
女性にとってこの時代は、制限が多くてとても生きづらかった。しかしだからこそ、物語にした時には何とも言えない感慨を与えますね。
あとがき
過去を舞台にしているためか、異世界との相性が良くて、この時代には本当にこういうことが起きていたのではないかと錯覚してしまいます。
もちろん著者の皆川博子さんが上手いからそう感じるのでしょう。妖しくて不思議な世界を覗きたいときには、最適な一冊だと感じました。
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