『幻月と探偵』伊吹亜門 あらすじと感想

煙

感想 ★★★☆☆

戦前の満州を舞台にした探偵小説。まさに王道のハードボイルドといった具合で、逆に新鮮に感じました。これほどクラシカルな探偵小説は今時珍しいのではないでしょうか。僕は随分久しぶりに感じました。

往年のハードボイルド小説が好きな方は要チェックです。その手の作品に求められる硬派な雰囲気が、存分に発揮されています。

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あらすじ

満州で私立探偵を営む月寒三四郎は、大富豪の令嬢から依頼を受ける。その内容は、婚約者の不審死を調査して欲しいというもの。実際調べてみると毒殺された疑いが濃くなる。

大富豪は満州中に名を轟かす大物。慎重に調査を進めている間に第二の殺人が起き、次々と思わぬ事実が明らかになる。はたしてこの一連の事件の真相とは。

関東軍、憲兵隊、満州の大物などが絡む巨大な陰謀に、月寒は巻き込まれていくのだった。

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ストーリーの感想

ハードボイルドの舞台として、この次期の満州は最適でしたね。戦争は目前だし、アヘンは蔓延しているし、様々な人種がいます。どんな陰謀が渦巻いていても何の不思議もありません。

現代が舞台で陰謀というと、どうしても作り物めいた感じがありますが、本作の場合は自然です。こんな時代状況なので、陰謀にも説得力があります。

気温は寒く、空気は乾燥していて、病気も蔓延している。貧富の差も激しく、退廃的な雰囲気に満ちています。決して住み心地がいいとは言えない国。

そんな場所で探偵業を営む主人公の月寒は、硬派な中年男で、この舞台設定とよく合っていました。

そして謎を持ち込むのは、一癖も二癖もある大富豪一族。当主は元陸軍中将の大物、その孫娘はあどけなさの残る美人。

ダシール・ハメットを彷彿とさせるような、まさに王道のハードボイルドでした。

外は凍えるような寒さで、室内は蒸気による暖房設備。みんな当たり前のようにタバコを吸うし、酒を飲みます。この時代の雰囲気が感じられて良かった。

それと支那や露助など、現在では差別的とされる呼称を使っているのにも好感を持ちました。昭和の満州が舞台なのに、差別用語に配慮した書き方になっていたら興醒めです。

タバコについてもそう。現在は小説に限らず、映画でも漫画でもタバコの描写って全然ないですもんね。

この辺をちゃんと書いているので、当時を感じさせる雰囲気が醸成されています。違う書き方をしていたら、この空気感は出なかったはず。創作者としての拘りを感じますね。

ミステリの感想

探偵の月寒が様々な場所に行き、いろんな人に話を聞く内、徐々に真相が明らかになります。事件の謎解きについては、本格ミステリ的な要素もありました。ただ本格ミステリとして見ると、ロジックは甘めですけどね。

それでも、基本がハードボイルドというのを考えると、充分な説得力をもたらしていたと思います。

真相には意外性もありました。特に犯人の動機が独特。でも何故か犯人も動機も何となく予想できてしまって、そこでは驚きを得られなかったです(普段は全然あたらないのに)。

なので犯人が行ったメンタリスト的な行動の方に驚かされました。ラストで何故ああなったのか、すぐには理解できませんでしたが、最後の最後に説明されて、ようやくそういうことかと納得できました。

人の心は複雑だと改めて思いました。そしてその心を見抜いてしまう犯人の怖さ。この辺りの描き方が巧みでしたね。

あとがき

僕はそこまでハードボイルドを読んでるわけじゃないし、特別好きな訳でもないからあれですけど、好きな人はとことこ好きだと思います。

この雰囲気には魅了されたし、続編が出たら読むでしょう。次回作を期待したいですね。

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