『サナキの森』 彩藤アザミ ネタバレあり

forest

感想 ★★★☆☆

第一回新潮ミステリー大賞を受賞した作品。

確か選評で密室トリックに瑕疵があると指摘されていた気がして(うろ覚え)、注意深く読んだのですが、特におかしいと感じる点はありませんでした。

本文の後に「刊行に際し選考委員の意見を踏まえ、応募作に加筆・修正を加えました」とあるので、きっとこの瑕疵も直したのでしょう。

ただ瑕疵はなくともトリックがあまりにも弱い。そしてクラシックすぎるので本格ミステリとしての魅力が乏しいのは事実。

とはいえ、それ以外に良い点がいろいろあったので、個人的には満足のいく作品でした。
(記事の最後にネタバレがあります)

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あらすじ

主人公の荊庭紅が、亡くなった小説家の祖父の書棚を整理していると、そこに『サナキの森』と題された一冊の本があり、紅あての手紙が挟まれていた。

その内容は、佐代村にある神社の祠から鼈甲の帯留めを探し出してほしい――というもの。紅は祖父の遺言に従って佐代村に行く。

人里離れた村で探索していた紅は、旧家の娘・東条泪子と出会う。好奇心旺盛な彼女と話すうちに、かつてその旧家で密室殺人が起き、現在も未解決のままだと知る。

その事件は祖父が書いた『サナキの森』と通ずるところがあり、二人は協力して事件解決へと乗り出す。

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物語の構成

読んでまず思ったのは、この作者は京極夏彦が好きなんだろうなあということ。なんとなく『魍魎の匣』を思わせるところがいくつかあります。

だからといって別に意識しているとかじゃなく、京極作品がこの方の素地になっているように感じました。

『魍魎の匣』でも旧仮名使いの作中作が出てきたし、主人公の気質は京極堂シリーズの関口と似たところがある。首が各地を転々とするところもそう。

おそらく怪奇的でキャラに特徴のある小説が好きなのでしょうね。

本作は現代の話と、祖父の書いた『サナキの森』が交互に進行していきます。現代のパートは生き生きとした軽い文体。

それに対して作中作の方は、旧仮名遣いで昭和怪奇テイスト満載です。旧仮名使いでもそれほど読み難くないし、分量が少ないので苦にはならなかった。

妖しさに満ちたこの作中作は、一つの怪談としての完成度が高く楽しめました。サナキの意味は秀逸だ。

魅力的なキャラクター

主人公の紅は元中学教師の二十七歳で、現在は引きこもりという設定。劣等感と能天気さが同居していて、現代の若者らしい気がしてリアルに映りました。

学生のような未熟さを感じるけれど、実際、二十代後半でそれほど立派な人はいないんじゃないかという気もする。なので特に違和感は覚えなかったです。

そして紅とタッグを組む東条泪子がとても魅力的。賢くてお転婆なこの中学生のおかげで、キャラ小説としても読めます。

現代パートで主に登場するのは紅と泪子ともう一人、探偵役の先生しかいません。この先生は存在感が希薄で魅力に欠けています。

現代パートは基本的にほのぼのと進行していき、劇的なことは起きないため、紅と泪子のキャラに魅力がなければ途端につまらない小説になっていたはず。

それゆえ、ある意味キャラクター小説ともいえて、ライトノベル的と評されるのはそのためでしょう。

ミステリについて

さて、肝心のミステリについてですが、やっていることは直球の本格ミステリです。

被害者は鍵のかかった密室内で、見るも無残な姿で死んでおり、他殺なのは明らか。しかし、唯一の鍵は井戸の底に沈んでいるため、犯行に及べた人間はいない、というなかなか魅力的な謎。

ただ残念なのは、そのトリックがあまりにも古典的だったこと。他にメインの事件があるか短編ならまだいいけど、長編でこれ一つだと現代本格としては物足りなさを感じてしまいます。

犯人にも動機にも意外性はなかった。

ミステリの部分に目をつぶれば、作中作の完成度は高いし、キャラクターに魅力があったので大賞に選ばれたのも納得。

引きこもりの元中学教師と美少女中学生というコンビは、面白い設定だと思う。次回作も読みたいと感じさせるものがありました。

ただ、もしシリーズ化するなら探偵役は変えた方がよさげ。泪子を無理にでも探偵役にした方がまだましかもしれない。

あとがき

最後にトリックに関して弱いと思った部分があるので書いておきたいと思います。ネタバレになるので文字の色を変えてあります。

犯人は壊れた錠Aと、あらかじめ壊しておいた錠Bを入れ替えたということだが、これは危険じゃないかと思う。鍵がどうように壊れるかなんて犯人には予想できなかったはずで、まったく同じように壊すことは不可能でしょう。「皆、動転していて、どんな風に壊れてたかなんて覚えていないだろうから、『それらしく』壊しておけば充分だ」と説明していますが、はたしてそうでしょうか。もし誰か覚えていたらどうするつもりだったんでしょう。もしフックの部分がポッキリ折れていたらどうするつもりだったんでしょう。あまりにも希望的観測すぎると思う。

今までにないような斬新なトリックなら細かいことはどうでもいいんですが、こういう古典的なタイプだとどうしても荒が目立ってしまいますね。

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