『録音された誘拐』阿津川辰海 あらすじと感想 ネタバレあり

 

感想 ★★★☆☆

2023・本格ミステリベスト10で3位に選ばれた作品。『名探偵のいけにえ』、『方舟』についでの3位ですが、この二つと比べると差がありますね。個人的には一段、いや二段くらい劣ります。

本格ミステリで最も重要なトリック、仕掛けについての不満はありません。ユニークなアイデアに感嘆させられました。ただ物申したくなる部分が多々あった。

良い部分はとても良いんだけれど、不満点も多く、一つの作品として見るとクオリティが高いとは良い辛い。

その辺りについてはネタバレ感想で書きたいと思います。

※ あとがきの後にネタバレがあります! 未読の方は注意!

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あらすじ

大野探偵事務所の所長・大野糺が誘拐された。大野家は資産家で犯人グループは身代金を要求する。誘拐は限りなく成功率が低い犯罪。犯人はいかにして身代金を奪うつもりなのか。

しかしこの事件は、単純な身代金目的の誘拐ではなかった。事件の裏には15年前に起きた悲劇的な事件が絡んでいた。犯人の目的は復讐なのか、それとも――。

耳が良すぎる探偵助手・山口美々香は、所長を救うためこの難事件に挑む。常人には聞こえない音を聞き取れる彼女は、音を頼りに犯人グループに迫まっていく。

 

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感想

日本における身代金目的の誘拐は、成功率0%と言われています。もうほとんど不可能と言っていいレベル。だからこそ、なぜ誘拐するのか、どうやって成功させる気なのかが、誘拐ミステリの焦点となります。本書もそこに期待して読み始めました。

警察との接触をどうするか、犯人にとってそれが一番の問題となりますが、昭和と比べると今は様々なものが進化してます。

特にコロナ以降は何事においても非接触で出来るように、世の中が変化したのもあります。おまけにマスクで顔を隠していても、まったく不自然ではない。

誘拐といえば昔の犯罪というイメージがありますが、逆に最も成功率が高いのは今からもしれない、と本書を読んでいて思いました。

脅迫や身代金の受け渡しなどで、現代特有の方法を色々使っていて、よく考えられていました。その辺の手口は面白いものの、僕が期待したようなタイプではなかった。それについてはネタバレの方で。

本書にはある仕掛けが施されていて、それに関しては意表を突かれました。そういうことだったのかと納得できたし、純粋に仕掛けとして面白い。ただ、強引というか超人的に感じる部分が無きにしも非ず。

主要キャラについては魅力的で良かったです。大野探偵事務所の面々は好感が持て、他の話も読みたいと思わせてくれます。大野家の面々もちゃんと人となりが見えてきます。

犯人グループのカミムラはあまり好きではなかった。彼は天才犯罪者という位置づけですが、そこまでの魅力を感じなかった。

何となくアニメ『PSYCHO-PASS』の槙島をイメージしたのですが、彼くらいのキャラクター性を感じなかったし、レクター博士のような圧倒的な存在感もなかった。天才犯罪者という設定なら、もう少しカリスマ性が欲しいところ。

構成については、語り手が多すぎて僕の好みではなかった。いろんなところに視点が飛ぶよりも、ある程度固定されている方が好きです。映像的ではあるので、映画化やドラマ化はしやすいでしょうね。

 

あとがき

誘拐ミステリとして普通に楽しめる良作でした。誘拐ミステリ好きの人は要チェックです。意外性を求める本格好きの人は、特に楽しめるでしょう。本格ミステリベスト10で3位に選ばれたのにも、意義はありません。

でも良い点と悪い点が混在しているのも事実。興味を持った方はご自分の目で確かめて見て下さい。

この後、不満な点をたくさん列挙して行きますが、『このミス』や『文春』のランキングで上位に入らなかったのも、もしかするとこの辺りが原因かもしれませんね。

以下、ネタバレ感想になります。

 

 

ネタバレ

・二重誘拐をする必然性がない

最初の大野糺を誘拐する目的は、身代金の受け渡し人を誘拐するため。このアイデアはとてもユニークでした。だから最初は凄い発想だと感動した。

でもよくよく考えて見ると、どう考えても初めから二人同時に誘拐した方が楽です。わざわざあんな形で早紀を誘拐するのは、リスクでしかない。

カミムラの目的は二人それぞれに与えられた鍵を知ること。鍵を知るために別々に誘拐しなければならない理由はなかったはず。ここには明確な理由が欲しかった。

例えば、早紀は凄腕のボディガードに四六時中守られていて、一人になる時がなかった。だから一人にするためには、誘拐事件をでっち上げるしかなかったとか。

何かしらの必然性がないと、誘拐自体が意味不明になってしまいます。とっとと二人を拉致して、作中と同じように糺を拷問すれば鍵は得られたはずですからね。

誘拐を依頼してきた熊谷を出し抜いて、隠し財産を独り占めしようとしていた、なら分かるんですけどね。でも熊谷は隠し財産に何の関心もなかったようだし、現状だと誘拐をやりたかったカミムラの趣味、という理由しかありません。これだとミステリとして全然気持ちよくない。

それと、いくら混乱が起きていたとはいえ、警察が身代金の受け渡し人を見失うなんて間抜け過ぎです。警察がそんなに間抜けとも思えないので、不自然に感じて興醒めしました。

 

・真犯人の熊谷太一=野田島秀人の動機がわからない。

秀人は幼少期に誘拐され、その際に姉を亡くしています。その復讐ということですが、大野家は恨まれるようなことを何もしていません。

野田島兄妹の誘拐は両親による狂言で、恨むべき相手は両親だけのはず。大野家は3000万という身代金まで肩代わりしていたのです。大野家に復讐なんて意味不明です。逆恨みということでしょうか? とても納得できる動機ではない。
 
野田島秀人が狂言誘拐と知らなかったなら、まだ理解出来ます。大野兄妹と間違われたせいで姉が死んだ。これなら逆恨みでもギリギリ理解できるし、最後に真実を知らせて悲劇的にすることも出来たでしょう。
 
それかいっその事、腹違いの子である姉を殺すために、泰造なり巌なりがグルだったとするやり方もあったかもしれない。動機としてはその方が分かり易かった。

ともかく動機についてはもう少し考えて欲しかった。現状だと秀人の行動理念に筋が通らない。秀人は父親の勲を殺そうとしていることからも、事の顛末をすべて知っていたのは明らか。それなら大野兄妹に復讐する必要はないはずです。

 

・美々香の耳が聞こえてなかったことについて

これには意外性があって驚かされました。僕は頭が鈍くて、最初はなんでこうする必要があるのか分からなかった。もしや、ただ驚かそうとしただけかと、鼻白んでしまった自分が恥ずかしい。

耳が聞こえていたら、あの脅迫テープの本当の意味に気づけなかったはずなので、これは必要不可欠。優秀な刑事である田辺や佐久間でも気づけないくらいだから、絶対無理だったでしょう。

耳が聞こえなかったからこそ、気づけたトリック。これは上手かった。思わず膝を叩きたくなりました。

とはいえ、超人的に感じる部分もあります。大野糺は、なぜあの電話だけで美々香の耳が聞こえないのに気づけたのか。いくらなんでも、あれだけで耳の状態を計るのは不可能ではないか。

美々香にそういう予兆があった、あるいは、そうなりやすい体質という設定はなかったはず。なので、糺が超人的な感の良さを持っているとしか思えませんでした。

 

・即席で読唇術を使えるものなのか?

難聴を発症してから、美々香は唇の動きで会話を把握していましたが、いきなりそんなことできるものでしょうか? 読唇術に詳しくない僕からしたら、不可能に感じてしまう。

美々香は読唇術の本を読んだことがあると書かれていましたが、もっと徹底的に勉強したことにして良かったのでは。例えば、難聴になった父の気持ちを知るため、読唇術を学んだとか。

予め学んでいたなら納得感も強まるし、父親想いのエピソードにもなって一石二鳥だった気がする。現状だと、こちらについても超人的に感じました。

 

・犯人グループの人数が多すぎる

これについては僕の好みの問題。僕が誘拐ミステリに求めるのは、少人数でいかにこの不可能な犯罪を成功させるか(成功させようと策を練るか)。

いくらでも都合良く人を使えると、何でもありに見えてしまう。凄いとも頭が良いとも思えません。すなわち、主犯格のカミムラの魅力不足にも繋がる。ただ人海戦術をやってるだけのキャラに、カリスマ性は感じない。

 

・カミムラの扱いが気になる

こちらも僕の好みの問題。カミムラは警察には逮捕されず、大金までゲットします。あれだけのことをしておいて完全勝利はどうなんだろう。実は糺が策を仕掛けていて、カミムラも何かしらの痛手を負うと予想していたので、モヤッとしました。

 

・その他 若干気になった点

視点人物として大野家の末っ子・智章のパートがあるけれど、なぜ彼だけ一人称なのかわからなかった。もしや叙述トリックでも使われるのかと警戒していたのですが、そんなこともなくてどんな意図があったのか気になるところ。

智章でいえば、彼に与えられるはずの鍵を糺が偶然手に入れたのも、気になると言えば気になります。ちょっと適当過ぎないでしょうか。彼にも特別な意味を与えていた方がドラマチックになったと思う。例えば、幼い頃の祖父との思い出の何かが鍵になったとか。

以上、不満に思った点でした

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