話題のミステリ 『方舟』夕木春央 あらすじと感想

 

感想 ★★★★★

SNSなど各所で話題になっている作品で、ミステリランキングでも上位に食い込んでいますね。帯でも多くのミステリ作家が賞賛しています。

ずいぶん大袈裟だなあと思いつつ、まあこういうのはそういうものだと、あまりハードルを上げすぎないようにして、読み始めました(それでもハードルが上がるのは否めない)。

帯に衝撃と書かれているし、何か大仕掛けがあるのは予想できるわけですが、それでも驚かされました! これは面白い。衝撃の謳い文句に偽りなし。ウケる要素満載で、そりゃあ話題になるわと、何の疑いもなく納得しました。かなりインパクトの強い作品。

だからその点においては満足なのですが、キャラクターが弱くてもったいない気がしました。もう少しキャラに魅力があれば、大傑作になっていたでしょう。

スポンサーリンク

あらすじ

山奥で謎の地下施設を発見した元サークル仲間七人。キノコ狩りで道迷ったという三人家族も加わり、計10人でその施設で一泊することに。廃墟探訪的なノリでいた彼らだったが、不測の事態が発生し、状況は一変する。

地震により出入り口が塞がれ、地下に閉じ込められてしまったのだ。出入り口を塞ぐ大岩は、施設内にある機械を使えば撤去できる。しかし、そのためには誰か一人が地下に残って犠牲になる必要があった。地下からの浸水が加速し、このままでは溺れ死んでしまう。

なかなか犠牲者を決められないでいると、またもや不測の事態が発生。今度は殺人事件が起きてしまう。いったい誰が何のためにこの状況で殺人を犯したのか。一同はこの犯人を犠牲者にすることに決め、犯人捜しをするのだった。

 

スポンサーリンク

感想

デスゲームのような設定、トロッコ問題を想起させる状況、そして衝撃の結末――。普段ミステリを読まない人にも、ウケるであろう要素が見事に揃っています。

だからこれだけ話題になったんでしょうね。もしこれが波及効果の高い映画だったら、もっと世間を騒がせていたに違いない。 

まず設定が好みでした。山奥にある謎の巨大地下施設、そこに閉じ込められてのクローズドサークル。ホラーやデスゲームのような絶望感でワクワクが高まります。でも、期待したような緊迫感はさほど感じられず、そこが残念でした。

これもやはりキャラによるところが大きい。全員なんか冷静なんですよね。死の淵に立たされている危機感が感じられませんでした。パニックホラーのようにしたくなかったのかもしれませんが、淡泊過ぎた気がします。

この手の設定の場合、暴走するキャラを一人置くのが定石としてあります。そのキャラに身勝手なことをさせて皆を振り回し、信頼関係に亀裂を生じさせたり、事態を悪化させたりする。そのキャラに対する他キャラの反応で、キャラ付けも出来るため、多くの作品で採用されていますね。

読者もイライラしたり、あるいは呆れたりと、ともかく何かしらの感情を抱かせるので単調に感じません。本作の登場人物は全員常識人で、そういう意味では面白味がなかった。
 
ミステリ部分については満足。途中で起きる殺人事件はロジカルに解決され、ロジカルミステリとして楽しめます。推理のきっかけとなる着眼点もユニーク。

何気ない小物をきっかけにして論理展開するのは、ロジカルミステリの王道とも言えますが、本作のやり方も上手かった。論理に不満はありません。

これだけでも僕は結構満足していたのですが、その後の真相にやられました。この返し方は上手い。ウケるタイプの返しというか、話題になるのも当然です。今一つ納得してなかった点が、思わず頷いてしまうくらい納得いって気持ち良かった。

極限状態でなぜ殺す必要があるのか、これをテーマにしたミステリもありますね。その手の作品の中でも、本作が一番納得いった理由かもしれない。

人数が減れば自分が犠牲者になる確率が上がるのに、なぜ犯人は殺したのか? この解答が見事で久しぶりにカタルシスを感じました。

ただビックリさせるためだけでなく、論理を完璧にするどんでん返し。なので、どんでん返しというか、ある意味補強といるかもしれない。とても面白いやり方で感嘆しました。

ただ一つ気になる点があって、それは犯人がどの時点で〝ある物〟を見つけたのか、という問題。いつ発見したかで話が変わってきます。

見つける機会がいくらでもあったのは確か。しかしながら、それを思わせる描写がないため、ここに引っかかる人がいると予想されます。これはなぜ書かなかったんでしょう? あからさまに書いても問題ないはずなので、アンフェアというよりも凡ミスかもしれない。

 

あとがき

やはりキャラが弱いのが難点だと思う。キャラ同士の掛け合いや反応で楽しめないため、読んでいる最中、退屈に感じる時がありました。ほんと淡々としてるんですよね。

各々の人となりが見えてこないから感情移入できないし、誰かが死んだと言われても、へえ、で終わってしまう。なんなら、これは読者だけじゃなく、登場人物たちもそう感じているんじゃないかと思うほど淡泊。

もう少しこの設定らしさを感じられる演出をしても良かったのでは。そうすれば、結末に至るまでの過程がもっと面白くなったはず。

それと文章に関しても淡泊でした。脚本とまでは言いませんが、必要最小限のことを淡々と書いている感じ。情景を鮮烈にするような装飾は施されていません。

そして読点がやたら多いのも気になりました。webの横書き文章ならまだしも、縦書き小説でそんなに必要ないでしょう。短いセンテンスの中にもあったりして、何か特別な意味があるのかと穿ってしまいました。
 
とはいえ、ミステリとしての満足度が高かったので星五つにしました(気になる点が一つありましたが)。間違いなくそのうち映像化されるでしょうね。痛烈なパンチ力がある作品。おすすめです。

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました