エラリー・クイーン好きにお勧めのユーモアミステリ『片桐大三郎とXYZの悲劇』 倉知淳

detective

感想 ★★★★☆

著者は『星降り山荘の殺人』や『過ぎ行く風はみどり色』で知られる倉知淳。海外ミステリの名作として有名な、エラリークイーンのドルリーレーンシリーズに挑んだ意欲作です。

四部作を下敷きにした中編四つからなる連作短編集で、雰囲気はコミカルで謎解きはロジカル。倉知淳らしさが発揮された良作でした。

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各話あらすじ

『冬の章 ぎゅうぎゅう詰めの殺意』

朝の満員電車でニコチン毒による他殺事件が発生。なかなか進展せずに途方に暮れた警察は、片桐大三郎に相談する。

話を聞いた片桐大三郎は、事件の日に被害者がしたのと同じ行動をしようとするのだが、乃枝がそれを阻止。

有名人がそんなことをしたら大変なパニックが起きる。そこで代わりに彼女が被害者の行動をなぞり、その様子をカメラで撮影。

それを見た片桐大三郎は不審な点を発見し、事件を解決へと導く。

『春の章 極めて陽気で呑気な凶器』

車椅子の著名な画家が自宅の物置小屋で殺害された。奇妙なのは、鉄パイプなど凶器に相応しいものがたくさんある中、ウクレレで殴殺されていた点。

頭を抱えた警察は、例の如く元時代劇俳優のもとを訪れる。興味を抱いた老俳優は乃枝を引き連れて現場へ赴き、関係者から話を聞く。

その結果、どうしてウクレレが凶器に選ばれたのか、犯人は誰なのか見事に言い当てる。

『夏の章 途切れ途切れの誘拐』

ひょんなことから片桐大三郎が訪問した家で、誘拐事件が発生していた。乳児が誘拐されベビーシッターが殺される凶悪事件に、警察はピリピリ状態。

現在進行形のこの事件に珍しく大人しくしていた片桐大三郎。だが、ふいに犯人からの脅迫電話に出ると、苛立ちを露わに一喝。その結果事件は解決。真相は驚くべきものだった。

『秋の章 片桐大三郎最後の季節』

世界的に有名な映画監督の幻のシナリオが発見された。その真贋を鑑定するために、監督とゆかりのある片桐大三郎がシナリオを読む。

間違いなく本物と判明し、世紀の大発見となるはずだった。しかし、金庫にしまっておいたシナリオが短時間の内に消失してしまう。

いったい犯人は誰で、どうやって鍵のかかった金庫から持ち出したのか。

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設定

物語の主人公は社会人二年目の野々瀬乃枝、二十三歳。彼女が就職したのは、大手芸能プロダクションで、仕事内容は社長である片桐大三郎の〝耳〟になること。

片桐大三郎は耳が聞こえないのだ。彼の傍に付き従い、誰かが喋った内容をパソコンで打ち込み、彼のスマホに送信するのが乃枝の仕事。

現在は社長の片桐大三郎だが、かつては一世を風靡した時代劇俳優。業界に対する影響力は絶大で、世間一般からの知名度も抜群だ。

そんな片桐大三郎は推理力に定評があり、警察から難事件の相談を受けている。古希を過ぎても元気が有り余っている彼にとって、探偵の真似事はかけがえのない趣味だった。

今回は様々な成り行きから四つの事件と関わることになり、その推理力をいかんなく発揮しています。

ドルリーレーン四部作を読んだ人なら、思わずにやりとしてしまう設定です。耳が聞こえない元俳優、乗り物内でのニコチン毒、その他もろもろ踏襲している部分が多くあります。

それでいながらオリジナルの謎と解決になっており、面白いストーリーでした。

各話の感想

『ぎゅうぎゅう詰めの殺意』で事件解決のきっかけになる不審な点は、若干強引な気がしないでもない。犯人はとある偽装をしているんですが、そんなに寸分違わず偽装できるものか疑問。

『極めて陽気で呑気な凶器』は何の不満もないです。よく出来た作品だと思う。『片桐大三郎最後の季節』、もしかすると著者が一番やりたかったのはこれかもしれませんね。

元ネタの『ドルリーレーン最後の事件』を、読んでいるかいないかで印象も変わってきそうです。素直に面白かった。
そして問題なのが『途切れ途切れの誘拐』。これは他の作品とは明らかに毛色が違います。

並びを見ると『Zの悲劇』と絡んでいないとだめなのに、その要素がまったくない。そして後味がとても悪い。

僕はホラーとかも読むため、救いのない結末にはそれなりに耐性があるつもりですが、それでもこの話の真相は結構こたえました。苦手な人はトラウマになってしまうかもしれないレベル。

全体の感想

殺人事件を扱っていても、本書は基本的にユニークミステリです。豪放磊落な片桐大三郎と、彼に振り回される乃枝のやり取りはコミカルで面白い。

物語のテンポに少し冗長なきらいがあるにしても、倉知作品はだいたいそんな感じなので、僕は特に気にならなかった。むしろ、これが彼の特徴と捉えて楽しむべきでしょう。

それとこの作品は構成に凝っていました。片桐大三郎は謎解きをする前に役者時代のエピソードを話します。一見何の関係もないように思えて、実は事件の根幹に触れている。

これを形式にすることで連作短編としてのまとまりが綺麗です。

それにしても、このエピソードを考えるのは大変だったんじゃないかと、素人ながらに思いました。事件の謎とトリックを考えて、さらにそれに合うように、役者時代の思い出話まで作らなきゃいけないのだから。

何気なく読んでしまいがちだけれど、僕はこの構成にプロ作家の技量を感じました。

あとがき

本書はとても作者の苦労が窺える作品。ドルリーレーン四部作の設定を、現代日本に移すだけでも大変なのに、さらにオリジナルのトリックを考えて、構成にも凝っているんだから凄い。

倉知ファンはもちろんのこと、本格好きは必読の一冊でしょう。

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