『名探偵のいけにえ』白井智之 多重解決ミステリの傑作

感想 ★★★★★

本格ミステリベスト10で一位を獲得し、このミス、文春ミステリーでも2位になった話題作。三冠でもおかしくない出来だけれど、『方舟』など他も強かったので仕方ない。本格ミステリとしてのクオリティは高く、かなりの力作。

正直、途中までは過大評価じゃないかとすら思っていたのですが、終盤の謎解きに入ってからその考えが一転しました。頬を引っぱたかれたような気分だった。

多重解決ものとしての新たなやり方を提示していて、その構成力、構造に脱帽しました。本格好きは必読の1冊。

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あらすじ

南米北部にあるガイアナ共和国。そこの密林を開拓し独自のコミュニティを形成している新興宗教・人民協会。

この教団の実態を調査するべく、探偵助手の有森りり子は〝ジョーデンタウン〟と呼ばれる現地へ赴く。だが、りり子は帰国予定日を過ぎても帰ってこなかった。そこで彼女の身を案じた探偵の大塒もジョーデンタウン入りする。

ジョーデンタウンでは教祖のジム・ジョーデンが神のように崇められており、信者たちは病気も怪我もしないと宣う。大塒とりり子はペテンと見抜くものの、信者たちは信じて疑わない。

そんな特殊な環境で殺人事件が発生する。しかも現場は密室。それから次々と不可能状況で殺人事件が発生するのだった。

はたして犯人は誰なのか、どんな方法を使ったのか、そしてその目的とは。この難事件に日本から
やって来た探偵コンビが挑む。

 

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感想

〝幾重にも張り巡らされた〟とはミステリでよく見かける謳い文句ですが、本作の場合、本当にその通りで感嘆しました。物語としても、トリックとしても、考え抜かれている力作。

設定のカルト宗教と集団自殺は実際に起こった有名な事件。それだけに下手に使うと名前負けするはずですが、本格ミステリとして重厚な話に仕上がっていました。

最初に書いたように、中盤まではさほど興味を惹かれませんでした。怪しげな宗教団体に乗り込んで助手を救出する、まるで冒険ミステリのような流れ。財界の大物や元FBIなんかも出てきますからね。

その手の話が嫌いなわけではないですが、読み始めた時の気分と違ったため、なかなか話にのめり込めなかった。これはもしや本格としての出来よりも、冒険小説的な側面やこの事件を題材にしたことが評価されてるのか、と不安になりました。

でも読み進めてみると、求めていた通りの本格で安心しました。

いくつか起きる事件の謎は密室と毒殺。本格ミステリではお馴染みの不可能状況です。今までいろんなトリックを見てきたはずなのに、まったくわかりませんでした。まあ、それを言うなら毎回そうなんですけど(笑)。自分の推理力のなさに呆れてしまう。

そんな状態なのに、各事件でいくつもの推理が披露され驚かされます。こんなにいろんな推理ができるものなんだと、素直に感心。しかもそのどれもが納得できるし、中には腰が抜けそうなほどビックリしたものもあります。

特殊な設定を上手く生かし、この状況じゃないと成立しない驚愕のトリック。存分にカタルシスを感じさせてくれます。

これだけでもう満足なのですが、本作の凄いところは多重解決自体に明確な意味がある点。多重解決ものでよくあるのは、ある推理が披露され、それが否定されてまた違う推理が披露されるパターン。刀城言耶シリーズもこのタイプですね。

否定された推理は、どんなに出来が良くても捨て推理となってしまい、もったいないと感じることもありました。様々な推理が見られてお得という、言わば読者サービスに近いような意味合いになっています。

でも本作はそこが違う。多重解決に明確な意味を持たせているのです。それがとても斬新でした。多くの捨て推理が捨て推理になっていない。多重解決じゃないと成立しない話になっていて、強烈なインパクトがあります。僕は今までこんな構造読んだことない。

驚愕のトリックが使われているし、多重解決の新たなやり方を見せてくれました。本格ミステリとして大満足の1冊でした。

 

あとがき

設定の元ネタとなった人民寺院のことは、集団自殺したカルト宗教というくらいの知識しかありませんでした。なので読み終わって調べてみて、本当にこの通りの状況だったのに驚いた(もちろん各事件に関しては別)。

議員への銃撃とかはさすがに脚色だろうと思っていたのに、まさか事実とは。現実は小説よりも奇なりとはよく言ったものです。本書は宗教の怖さ不思議さも学べる話で堪能しました。

 

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